【1941.10.26京都農林省賞典四歳呼馬】
 2番手追走から直線抜け出し見事日本初の三冠を達成。
クラシック三冠全競走が整ってから3年目の快挙だった。

今も重賞競走「朝日杯セントライト記念」に名を残すセントライトは、昭和16年日本初のクラシック三冠を達成した。名種牡馬ダイオライトの子は大巨漢で、施行規程の体高制限(164㎝以上は出走不可)が数年前に廃止されなければ、デビューすらできなかったという。その大柄ゆえに7番人気の初戦では低評価をあざ笑い楽勝。そして、横浜競馬場での「横浜農林省賞典四歳呼馬」(現皐月賞)では、1番人気に応え3馬身差で快勝し、東京優駿(日本ダービー)は2番人気を見返し8馬身差で大勝する。すると秋、2泊3日の貨物列車の旅で向かった「京都農林省賞典四歳呼馬」(現菊花賞)は、他陣営が強さに恐れをなしてわずか6頭立て。見事に日本初の三冠馬は誕生する。遥か遠い昭和の戦前。競馬三冠の風景は大きく変わったが、その偉業の価値は永遠に変わらない。

【1941.5.18日本ダービー】
重馬場の日本ダービー。
直線残り200でしかけると今もダービー史上
最大着差タイとなる8馬身差で優勝。

1代 2代 3代

ダイオライト
Diolite
黒鹿毛 1927

Diophon

Grand Parade

Donnetta

Needle Rock

Rock Sand

Needlepoint

フリツパンシー
Flippancy
黒鹿毛 1924

Flam boyant

Tracery

Simonath

Slip

Robert le Diable

Snip
開催日 レース名 開催
場所
着順 騎手 コース・
距離
タイム 1(2)着馬
1941年
3月15日
新呼馬 横浜 1 小西
喜蔵

1700m
1.53.0 (オオトモ)
1941年
3月30日
横浜農林省賞典
4歳呼馬(皐月賞)
横浜 1 小西
喜蔵

1850m
1.59.2 (ミナミモア)
1941年
4月5日
4歳呼馬 中山 1 小西
喜蔵

2000m
2.12.8 (カミワカ)
1941年
4月27日
4歳呼馬 中山 1 阿部
正太郎

2200m
2.23.4 (フアストライト)
1941年
5月3日
古呼馬特殊
ハンデキャップ
東京 2 小西
喜蔵

2300m
- シヂリダケ
1941年
5月10日
古呼馬 東京 1 小西
喜蔵

2300m
2.27.6 (エステイツ)
1941年
5月18日
東京優駿 東京 1 小西
喜蔵

2400m
2.40.2 (ステーツ)
1941年
9月27日
古呼馬特殊
ハンデキャップ
横浜 3 小西
喜蔵

2200m
- ステーツ
1941年
10月5日
古呼馬 横浜 1 小西
喜蔵

2200m
2.30.6 (エステイツ)
1941年
10月12日
横浜農林省賞典
4・5歳呼馬
横浜 1 小西
喜蔵

2800m
3.08.0 (ミスミナミ)
1941年
10月18日
古呼馬 京都 2 小西
喜蔵

2400m
- コクチョウ
1941年
10月26日
京都農林省賞典
4歳呼馬(菊花賞)
京都 1 小西
喜蔵

3000m
3.22.6 (ミナミモア)